大阪高等裁判所 昭和63年(う)1006号 判決 1989年9月26日
本籍
京都市上京区上立売通堀川西入芝薬師町六二五番地
住居
右同所同番地
歯科医師
桝茂光
昭和四年一二月一二日生
本籍
京都市上京区上立売通堀川西入芝薬師町六二五番地
住居
右同所同番地
歯科医院従業員
桝美智子
昭和六年七月五日生
右両名に対する所得税法違反被告事件について、昭和六三年八月二九日京都地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人両名から各控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。
検察官 任海一 出席
主文
本件各控訴をいずれも棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、いずれも、被告人両名の弁護人島武男作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意第一事実誤認の主張について
論旨は、要するに、原判示罪となるべき事実第一の一及び二において、被告人両名が所得税の確定申告にあたり税を免れるために用いた手段として原判決が認定している三種類の不正行為、すなわち、全国同和対策促進協議会に対する地域対策費の架空支出、自由診療収入の一部除外及び架空ないし水増し給与の支給のうち、被告人桝茂光は原判示第一の二の地域対策費の架空支出についてのみ認識を有し、被告人桝美智子は原判示第一の一の地域対策費の架空支出を除くその余の不正行為についてのみ認識を有したにすぎないのにかかわらず、被告人両名につき、右各不正行為によって免れた所得税額のすべてについてほ脱の犯意を認め、更に進んで、被告人両名及び原判示のその余の各共犯者との間に共謀が成立するとした原判決の事実認定には、判決に影響を及ぼすことが明らかな誤認があるというものである。
そこで、所論にかんがみ記録を調査し当審における事実取調べの結果をも併せて検討するのに、原判決が判示第一の一及び二の各事実について挙示する各証拠によれば、原判示のとおり、被告人桝茂光につき各架空ないし水増し給与の支給について具体的な認識を有していたとまでは認められないが、同被告人はその余の各不正行為についてそれぞれ認識を有したものと認められ、被告人桝美智子は原判示の各不正行為のすべてについて認識を有したものと認められるので、被告人両名につき、原判示の所得税ほ脱の犯意は優に肯認し得るというべきであり、また、被告人両名及び原判示のその余の各共犯者との間に共謀が存したことも肯認することができるというべきであって、これらの点について原判決が「補足説明」において認定、説示するところもおおむね是認でき、当審における事実取調べの結果によってもこれらを左右しない。所論にかんがみ若干の付言をすると、関係証拠によって認められる本件具体的事実関係は、原判決が「補足説明」において詳細に認定するとおりであるが、その大筋は次のとおりである。すなわち、被告人桝茂光は、マス歯科医院を経営する歯科医師であり、その妻である被告人桝美智子は、被告人桝茂光の指示を受けて、昭和五七年頃から同医院の経理を担当していたものであること、被告人両名方においては、三人の子弟を歯科医師にするため多額の教育費を要したことや、昭和五七年頃自宅隣接地に診療所用地を購入して新築したこと等から多額の借入金を抱えることとなり、その返済に追われて経済的に苦しい状況に陥っていたこと、被告人桝茂光は、被告人桝美智子に医院の経理を担当させるにあたり、所得税を免れるため自由診療収入の一部を除外する等して過少申告するよう指示したが、日常の経理事務の処理については被告人桝美智子に任せ切りで、右以上に具体的あるいは個別的な指示をすることはなかったこと、被告人桝美智子は、右指示に従ってマス歯科医院の経理事務を処理してきたが、所得を減少させる手段としては被告人桝茂光から指示された自由診療収入の一部除外のほか架空ないし水増し給与の支給の手段をも用いたこと、昭和五八年度所得税確定申告を目前にして知合いの歯科医師岸和田惟明から税金を安くできるといわれた被告人桝茂光は、昭和五九年三月八日岸和田方を訪れ、右岸和田、笠原正継及び玉置韶作に対し、先に顧問税理士から受取っていた納税額が約一七〇〇万円にのぼる確定申告書原案を示して相談し、その席上、右笠原の主宰する同和関係団体に対し地域対策費として三〇〇〇万円を支出したことにして納税額を減ずることで合意し、その旨の確定申告を右玉置税理士に依頼することとし、帰宅後、右の次第を被告人桝美智子に話したこと、確定申告期限である前同月一五日の直前頃、被告人桝美智子は顧問税理士に対し昭和五八年分の確定申告を依頼しない旨電話したこと、結局昭和五八年分の確定申告は、原判示のとおり、右三種類の不正行為の結果実際の所得額より大幅に減じた所得額に基づき為されたこと、被告人両名は、右確定申告後、笠原に五〇〇万円、玉置に五〇万円の謝礼を支払ったこと、翌昭和五九年分の確定申告についても、原判示のとおり、前年同様の手段による不実の申告をしたこと、以上のような事実が認められるのである。右認定の直接及び間接の各事実を総合すれば、原判示第一の一及び二における架空ないし水増し給与の支給について被告人桝茂光が具体的な認識を有したとまでは認め難いとしても、その余の各不正行為については、被告人両名が認識を有したものと認めるに十分であり、また、被告人両名及びその余の共犯者との間に共謀が存したものと認められるというべきである。
所論は、昭和五八年分の確定申告における地域対策費の架空支出についての原判決の認定を論難し、原判決が認定のよりどころとしたとみられる原審証人岸和田惟明及び同玉置韶作の各供述並びに笠原正継の検察官に対する供述調書は、いずれもあいまいないし虚偽の部分が多くあって信用できず、被告人両名の原審公判廷における供述及び検察官に対する供述調書のとおり、被告人両名は、同和団体を通じて申告すれば税金が安くなるといった程度の認識を有したのみで、それ以上に具体的なことを確かめないままに、従って不正の認識も有しないままに、岸和田らに申告を依頼したにすぎないと主張するのである。なるほど、右岸和田及び玉置の供述には記憶違いの部分やことさらに供述をあいまいにしているとみられる部分が存し、また、笠原の検察官に対する供述調書については具体性に欠ける点のあることを否定できないのであるが、しかし、これらを総合すると、被告人桝茂光らが、昭和五九年三月八日岸和田方において、先に認定のとおり、地域対策費三〇〇〇万円を支出したことにして虚偽の申告をし、税金を安くする旨合意したものと認めるに十分であって、これと異り、右岸和田方においては、岸和田と玉置が当日自分の持参した確定申告書案に基づき相談していたが、自分は笠原と別の話をしていたのであって、申告方法についての具体的説明を受けていないとか、玉置税理士によってなされた確定申告の後、申告書控を見てはじめて三〇〇〇万円の寄付をしなければならないものと驚き、岸和田に電話してそれは架空のものであって五〇〇万円の謝礼で足りると説明を受けたとかいうが如き被告人桝茂光の原審公判廷における供述及び検察官に対する供述調書などは極めて不自然であって信用することができない。次に所論は、被告人桝茂光について、原判示第一の一及び二における自由診療収入の一部除外及び架空ないし水増し給与の支給について認識を有しなかったと主張し、原判決がこれらの認識を有したと認定したとして、原判決の事実認定を論難している。そして、右認定にそう被告人両名の各大蔵事務官に対する質問てん末書は、疾病、骨折によって不如意な生活を余儀なぐされていた被告人両名が大蔵事務官の誘導に対し十分な防禦を尽せなかった結果のものであって信用できず、右の認識がなかったとする被告人両名の原審公判廷における各供述及び検察官に対する各供述調書こそが信用できると主張する。しかしながら、確かに、被告人桝茂光が架空ないし水増し給与の支給の点について認識を有しなかったことは、所論が主張し原判決もその旨の事実認定をしているところであるが、それゆえに同被告人の本件所得税ほ脱の犯意を否定すべきでないことは後に説示するとおりであり、また、自由診療収入の一部除外の点については、被告人両名は、大蔵事務官の質問に対しその認識を有した旨供述しているところであり、右の質問が身柄不拘束の状態で行なわれ、しかも、調査開始後約二か月を経過した時期になされていることなどに徴すると、たとえ被告人両名の体調が万全でなかったとしても直ちにその信用性が損なわれるものとは考えられないし、それらの内容についてみても、極めて詳細かつ具体的であって不自然なところもなく、惜信し得るものというべきである。これに対し、これらと相容れない内容を有する被告人両名の原審公判廷における各供述及び検察官に対する各供述調書は、被告人両名が起居及び生計を共にする夫婦であることや当時の被告人両名方の経済状態等に照らし、不自然で信用できない。更に、所論は、共謀に関する原判決の事実認定を論難しているが、被告人両名及びその余の原判決の共犯者らが、不正の手段によって、被告人桝茂光の所得税を免れようと相謀ったことは、前記認定の事実によって明らかであって、被告人両名と前記笠原正継、岸和田惟明、玉置韶作らとの間に、全国同和対策促進協議会に対する地域対策費を必要経費として架空計上する方法による所得の秘匿につき共謀がある以上、前記笠原らがその余の不正手段について認識がなかったとしても、同人らとの本件共謀は否定されないものと解すべきである。
以上に認定の事実と説示したところによると、原判示の事実は明らかというべきであって、その余の所論にかんがみ更に検討しても、原判決には所論の事実誤認はない。論旨は理由がない。
控訴趣意第二法令の解釈適用の誤りの主張について
論旨は、原判示第一の一及び二における不正行為のうち、被告人桝茂光は自由診療収入の一部除外及び架空ないし水増し給与の支給について認識を有しなかったのであるから、これらの点について被告人桝茂光は犯意を欠き、共謀の成立する余地もなく無罪とすべきであるのにかかわらず、被告人桝茂光は架空ないし水増し給与の支給について認識を有したとは認め難いとしながら、所得税ほ脱犯が成立するためには各個別の不正行為についてそれぞれ具体的な認識を必ずしも要するものではないとの法解釈を示し、被告人桝茂光が不正行為の一部について認識を有する以上、脱税額全体についてほ脱犯が成立するとした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法律解釈適用の誤りがあるというものである。
そこで、所論にかんがみ記録を調査し当審における事実取調べの結果をも併せて検討するのに、原判決は、原判示第一の一及び二における不正行為のうち架空ないし水増し給与の支給を除くその余について被告人桝茂光は認識していたものと認定しているのであるから、所論のうち、自由診療収入の一部除外について被告人桝茂光の認識がなかったことを前提とする部分は前提を異にし採用の限りでない。次に、右架空ないし水増し給与の支給について被告人桝茂光が具体的に認識を有したとまでは認め難いことは所論のとおりである。しかし、所得税のほ脱犯は、不正の手段によって所得税を免れることによって成立するのであるから、ほ脱犯の犯意としては、原則として、その旨の認識があれば足り、現実にとられた不正の手段が、極めて特異なものであるとか、予め特にその手段を排除していたことなどのため、それが不正手段となり得ることを認識し得ないような事情のある場合を除き、具体的な不正手段の内容についてまで逐一認識していることを必要とせず、現実に免れた所得税額全部についてほ脱犯の犯意を肯定すべきである。これを本件についてみると、被告人桝茂光は、原判示第一の一及び二の事実を通じ、全国同和対策促進協議会に対する地域対策費の架空支出及び自由診療収入の一部除外の方法により所得を秘匿することについては、これを認識していたのであるから、同被告人が、不正の手段によって所得税を免れる意思を有したことは明らかである。そして、同被告人が認識しなかった架空ないし水増し給与の支給という方法は、所得税を免れるための不正の行為として普通に用いられるありふれた方法であって、特異なものではなく、また、同被告人が特にその方法を排除していたとの事情も認められないのであるから、本件においては、これにより免れた所得税額についても、ほ脱の犯意を認め、ほ脱犯の成立を肯定すべきである。これと同旨の見解にでた原判決の法令の解釈は正当であって、所論の誤りはない。論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡次郎 裁判官 清田賢 裁判官 島敏男)
○ 控訴趣意書
被告人 桝茂光
被告人 桝美智子
右被告人両名に対する所得税法違反被告事件について、控訴の趣意は左記のとおりである。
昭和六三年一一月一〇日
右被告人両名弁護人
弁護士 島武男
大阪高等裁判所第一刑事部 御中
記
第一、事実誤認
一、原判決が認定した罪となるべき事実・・・・・・七三〇
二、原判決が認定した共謀の成立と不正の認識・・・・・・七三一
三、岸和田惟明の証言、玉置韶作の証言、笠原正継の供述調書についての評価と事実誤認・・・・・・七三三
(一) 岸和田惟明の証言・・・・・・七三三
(二) 玉置韶作の証言・・・・・・七三五
(三) 笠原正継の供述調書について・・・・・・七三六
四、被告人桝茂光及び桝美智子の原審公判廷における供述についての評価と事実誤認・・・・・・七三六
五、検察官に対する被告人らの供述の信用性について・・・・・・七四一
六、結論・・・・・・七四六
第二、「ほ脱」における不正の認識とほ脱の結果についての解釈の誤り・・・・・・七四七
第一、事実誤認について、
一、原判決が認定した罪となるべき事実、
原判決は、
(一)、判示第一の一において「被告人桝茂光および同桝美智子は笠原正継、岸和田惟明及び玉置韶作と次の(異なる)行為につき共謀した」と認定されている。
1 全国同和対策促進協議会に地域対策費三〇〇〇万円を支払った旨の虚偽の領収書によって右三〇〇〇万円を架空計上した行為
2 自由診療収入のうち一四〇四万八七三〇円を除外した行為
3 給与の支給について八一万七〇〇〇円を架空計上あるいは水増計上するなどの行為
(二) 判示第一の二において「被告人桝茂光、同桝美智子は笠原と次の(異なる)行為につき共謀した」と認定されている。
1 全国同和対策促進協議会に地域対策費二〇〇〇万円を支払った旨の虚偽の領収書によって右二〇〇〇万円を架空計上した行為
2 自由診療収入のうち一二三九万二一三〇円を除外した行為
3 給与の支給について九三万八〇〇〇円を架空計上あるいは水増計上するなどの行為
二、原判決が認定した共謀の成立と不正の認識、
(一) 判示第一の一における「全国同和対策促進協議会に地域対策費三〇〇〇万円を支払った旨の虚偽の領収書」によって右三〇〇〇万円を架空計上した行為における被告人両名の共謀の事実について
1 原判決はその補足説明において、右共謀は昭和五九年三月八日に被告人桝茂光、岸和田惟明(以下岸和田という)、笠原正継(以下笠原という)および玉置韶作(以下玉置という)との間で成立したと認定されている。
右認定の直接的な根拠は、
イ 公判廷における岸和田の「三月八日三〇〇〇万円を特別協賛金として経費に入れることによって節税することの話し合いがあった」との証言
ロ 公判廷における玉置の「三月八日三〇〇〇万円減らすというまでの話はなかったが三〇〇〇万円減らしたらどうなるという話があった」との証言
ハ 公判廷における岸和田の「同月一二日には玉置が申告関係の書類を持参して被告人桝茂光、岸和田、玉置らが参集し申告原案を持参した玉置からこの書類を見せてもらい、その説明を受けた」との証言である。
2 なお、原判決は状況証拠として
イ 被告人桝茂光は京都府歯科医師会上京支部長及び同支部青色申告会会長に就任したことがある事実
ロ 三人の息子のため相当の教育費を支出していた事実
ハ 昭和五七年頃隣地購入、診療所新築のため多額の借入れをなし、経済的に苦しかった事実
ニ 被告人桝美智子は被告人桝茂光の指示により昭和五七年から経理を担当した事実
ホ 昭和五九年三月八日頃広瀬事務所から昭和五八年度分の所得税確定申告書原案が届けられ、約一七〇〇万円の納税の必要があることを知った事実
ヘ 被告人桝茂光は岸和田から税金につき相談に来るよう電話で言われていた事実
ト 広瀬税理士を断った事実
3 原判決は右2の証言及び認定にかかる状況証拠から「同月一二日までにはその原案が固まっていた」と認定されているのであるが、右認定は推論によるものである。
すなわち、原判決は「三月八日から三月一二日までの間、被告人両名と岸和田の間に地域対策費の額をいくらにするかを話し合った形跡はなく、いくら計上するかについて被告人両名が関与せず岸和田と笠原が独断で決めてしまうとは到底考えられないので、岸和田の証言にあるとおり三月八日岸和田方において三〇〇〇万円とする旨の話し合いがなされたもの」と推論されているのである。
4 しかしながら、原判決が採用された岸和田証言及び玉置証言は右認定に役立つ証言ではなく(信用性がない)、また状況証拠のうちイの事実は単なる名誉職に就任した以上のものはなく、このことから税務に精通していたと考えられたとすれば事実誤認も甚だしく、ニの事実は事実に反するものであり、トの事実の評価も独断である。
右事実認定が誤っていることについては次項以下に詳述する。
(二)、判示第一の一及び第一の二に認定された「自由診療収入除外行為」及び「給与の支給架空計上或は水増計上行為」についての共謀の事実について、
1 判示第一の一の事実につき笠原正継、岸和田惟明及び玉置韶作と共謀した事実及び判示第一の二の事実につき笠原正継と共謀した事実につき、これを認定されるに至った証拠は皆無である。
2 被告人両名の間における共謀の認定についても、極めて不明瞭な認定であるが、補足説明によると唯一の証拠として大蔵事務官に対する供述を引用されているだけであり、他には「起居を共にする夫婦であること」から推論され、「被告人桝茂光は昭和五八年、五九年とも経理処理に関与していなかった」と認定されながら「不正の認識については申告の各項目に関して具体的に逐一これがなければならないとまでは必ずしも解されず」とされ、その結果共謀の事実を認定されている。
3 後になされた検察官に対する供述が信用できず、先になされた大蔵事務官に対する供述が信用できるとされるが論理に合理的なものはなく、また不正の認識についての解釈を誤られた結果かかる認定がなされたものであり、この点については後述するとおりである。
三、岸和田惟明の証言、玉置韶作の証言、笠原正継の供述調書について、
(一) 岸和田惟明の証言
1 岸和田惟明の人間性について、
岸和田惟明の証言によると、玉置税理士に依頼するに至った理由として「大阪の税理士に依頼していたが、同税理士が二重帳簿であることを税務署に言った、そういうことが漏れたので税理士を替えた」旨の証言をなし、これらの不正申告が判明した後であるのに笠原と共謀し「寄付したことにして所得を減らして申告した」旨の証言を堂々としているのであるが、同人の証言に明らかなとおり脱税をするのが当り前のような感覚であり、不正申告が発覚した直後にさらに手を変えて不正申告をしており、遵法精神が欠如した人柄が明白となっている。
加えて、同証人の証言は終始曖昧であり無責任な応答を繰り返しており、重要な事実についても虚偽の証言をしており同人の証言は根本的に信用出来ないものである。
2 岸和田証言の客観的事実との不一致と曖昧な証言
イ 証人岸和田は昭和五八年度の確定申告の申告までにあった事実として「本件申告までに、伏見の清和荘、岡崎の料亭、岸和田宅で三度に亘り会合を持ったこと」を証言し、その三度の会合において被告人両名が笠原及び岸和田と脱税の相談をしたかの如き証言をしている。
しかし、清和荘において会合を持ったのは別個の用件であり、かつ、昭和五九年七月以降のことであり(青木滋朗の大蔵事務官に対する昭和六一年七月二五日付及び同年八月一三日付質問てん末書)、また、岡崎の料亭であったのは、昭和五九年三月二三日か二四日であって(被告人らの公判廷における供述)そのときに話された内容は、本件とは全く別の銀行借入金に関してのことである。
ロ 原判決は、「証人岸和田惟明は、三月八日三〇〇〇万円を特別協賛金として経費に入れることによって節税することの話合いがあった旨当公判廷で明白に証言して」いるとするが、その証言内容は明白なものではなく極めて不明瞭、曖昧なものである。
すなわち、証人岸和田は検察官の質問に対し、
<1> 「ええ、まあ、所得の問題も、私とこと全然違いますし、その計算法から・・どこまでやってったんか、ちょっと記憶にないですけどね」
<2> 「記憶は定かじゃないんですけども、・・・」
などと曖昧に答え、また、検察官の「被告人(桝茂光)も同席しておったのだから、そのこと(三〇〇〇万円を特別協賛金として経費に入れること)は当然、承知したわけですか」との問に対し、
<3> 「そうだと思いますけども、ちょっと、私そういう細かい、承知したとかしていないとかということについては記憶はないんですけども・・・・」
<4> 金三〇〇〇万円寄付するという話について「当然笠原が説明しておりますんで・・・」
<5> 「笠原が説明していると思う」
<6> 「寄付金はその場で出ていない」
等々の証言に終始し、明確な答えは一切なされていないのである。
ハ 右に明白なとおり岸和田証言は、終始不明瞭であり、曖昧模糊としており、金三〇〇〇万円の額についても岸和田自身が独断で決定したため、その結論から判断して金三〇〇〇万円を経費控除したことを証言しているに過ぎず、「当時金三〇〇〇万円を架空計上する旨の合意をした」旨の証言をしているのではない。
ニ 以上から、岸和田証言は全く信用できず、共謀の事実認定の基礎には出来ないのである。
(二) 玉置韶作の証言
1 玉置韶作の公判廷における供述は、原判決も認めているように、自己の罪責を軽からしめんとする態度に終始していて正確に記憶を喚起し、かつ正確に証言をするための誠意を尽くしていない。
2 同人の証言は「三月八日所得が三〇〇〇万円減れば税額はいくらになる」といった会話があっただけであるというものであって、どのような方法で、いくらの経費を計上して、どういう脱税をするのかについての話合いはなされていないのである。
3 仮にこのような話があったとしても、単に税額表から計算をしたにすぎず、「金二〇〇〇万円減ればどうなる」「金一〇〇〇万円減ればどうなる」いう話も出ていたようであり単なる一般的な会話、雑談の域をでないものであり、犯罪の共謀とは程遠いものである。
4 玉置証言を評価するに当たり極めて重要なことは、岸和田の確定申告に際し、本件の直前に同様の手口で不正申告をしている事実である。
この事実があったればこそ岸和田と玉置韶作との間では「私と同じような方法で一件やって欲しい」
(玉置証言)との依頼ですんだのである。従って、岸和田と玉置の間では既定のかつ了解ずみの手口であり、一々被告人桝茂光に話すまでもなかったことである。
この事実関係を捨象して判断された原判決は三月八日の会話を具体的に評価されていないといわざるをえない。
(三) 笠原正継の供述調書
1 本件において共謀の立証をされるうえで重要な役割を有している笠原正継についての証拠は同人の検察官に対する供述調書(謄本)のみである。
2 右調書における笠原の供述は「岸和田さんから今度も同じ方法で桝歯科の所得税の申告も引受けてくれと頼まれたのがきっかけである」というものであって、三月八日の会話については一切具体的に語られていないのである。
(四) なお、岸和田惟明、玉置韶作、笠原正継の三名は何故か本件の共犯として起訴されていないし、被疑者として取調べも受けていない。
四、被告人桝茂光及び桝美智子の原審公判廷における供述について、
(一)、原判決の推論に基づく認定について、
原判決は前記岸和田証言を基礎にして「三月八日岸和田宅において地域対策費を金三〇〇〇万円とすることを決めた」とされ、「いくら計上するかについて被告人両名が関与せず岸和田と笠原が独断で決めてしまうとは到底考えられない」と推論されている。
しかしながら、前述したように岸和田証言は不明瞭、曖昧であり、事実を正確に証言することなく極めて無責任な態度に終始しているものであり、同人の証言は全く信用できないものである。
原判決の推論はその推論を証拠付ける事実は一切ないうえに笠原、岸和田、玉置において被告人桝茂光の収入状況と同人から取得すべき報酬の額等を考えれば税金の還付が必要であり(その還付金の範囲内で自らの報酬を捻出する)、これらの事情を斟酌して岸和田、笠原、玉置の三者で金三〇〇〇万円を経費処理すれば約九〇〇万円の税金が還付されるという計算をなし、そこから金三〇〇〇万円を地域対策費としたことは容易に推察されるのであり、逆に金三〇〇〇万円の額はこの三者が独断で決定したことが十分考えられるのである。
(二)、被告人桝茂光の公判廷における供述について、
1 被告人桝茂光は昭和五九年三月八日岸和田宅における状況について、公判廷で以下のように供述している。
<1> 「岸和田先生と玉置税理士さんがお話をされておって私は笠原さんとほかの雑談的な話をしておりました」
<2> (この税金の申告についてどうするとかいう方法については笠原からも玉置からも)「聞いていません。」
<3> (岸和田さんからは)「そういう話はなく、玉置税理士さんと岸和田先生とお話をされておって、『後はもう、こちらに任しとけ』と言ってその書類を預けて・・・」
2 以上の供述から明らかなように、岸和田宅における会合は、被告人桝茂光と他の三人が一つの問題を検討し、対策を協議すると言ったものではなく、被告人桝茂光持参の広瀬税理士作成の申告書原案を、被告人桝茂光から岸和田に渡し岸和田と玉置がこの申告書を見ながら協議し、他方、被告人桝茂光と笠原は仕事のこと等について世話話をしていると言う状態で二分されていたのである。
この点につき、玉置は、公判廷において、「(岸和田宅における会合に笠原さんは)おられたような、おられなかったような・・・ちょっと私はどっちとも申しかねます」と供述しているが、岸和田宅における会合において「笠原がいたか、いなかったかについて分からない」という点では大蔵事務官に対する供述から一貫しているが、仮に笠原の存在を失念し、或いは故意に否認しているとしても、当日の会話が具体的に供述されていない事実に変りはなく、四者で協議した事実がなかったことを物語っている。
この玉置の供述は、岸和田宅における会合において笠原とほとんど話をしていないことを意味し、被告人桝茂光の「岸和田宅では、岸和田と玉置がこの申告書を見ながら協議をし、他方、被告人桝茂光と笠原は仕事のこと等について世間話をしていた」状況と符号するのである。
3 更に、被告人桝茂光は、公判廷において、以下のように供述している。
<1> (昭和五八年度の税務署の受付印がある確定申告の写しと三〇〇〇万円の領収書について)「三月一四日玉置さんが私のほうに持って来てそれを家内が受け取ったと思う、・・・夜それを見て初めて三〇〇〇万円の同和のそういうのが貼ってあったんでびっくりしまして・・・」
<2> 「岸和田先生に『こんなに沢山、寄付するんやったら普通に税金を払ったほうがいいんやないか』と言いましたら、岸和田先生が訳は言わなかったんですが『五〇〇万円だけ容易したらいいんや、その代わりこれは二、三日中に作って持って来なさい』と言うふうな趣旨の電話で私にまあ、回答してくれたわけなんですけども」
4 被告人桝茂光の昭和六一年一一月二六日付検察官に対する供述調書でも同様の供述をしており、この点は一貫した供述である。
5 この被告人桝茂光の岸和田に対する電話について、岸和田も公判廷において、「笠原氏から『五〇〇万円』ということで、私、(桝茂光に)電話を入れたことがあると思います」と供述しており、昭和五九年三月一四日の確定申告が提出された後に初めて笠原の報酬金について電話で話された事実が明らかである。
仮に脱税の依頼をしたとすれば、無報酬である筈がないのであるから三月一四日の申告書提出後に報酬金につき初めて話が出る筈がない。
従って、金三〇〇〇万円の地域対策費の計上はもとより金五〇〇万円の報酬の話は右以前になされていなかったのであり、特に被告人桝茂光には告知されていなかったことが明らかである。
原判決が認定しているように、仮に三月八日に金三〇〇〇万円の領収書による必要経費の架空計上の話が行われていたなら、この時点で笠原に対する報酬も決まっているのが自然である。
金三〇〇〇万円の架空計上については、岸和田と笠原が独断で決め、確定申告をした後、その後に報酬を請求して来たからこそ、被告人桝茂光は驚き岸和田に対し電話で抗議したというのが真実である。
6 被告人桝茂光は昭和五九年三月一二日頃岸和田に呼び出され、園の寿司屋において岸和田、笠原、玉置と会ったことがあるが、そこでの会話についても「ちゃんとしといたからな」「安うなるからそれでいいやないか」「何もきかんでいいやないか」等々の返事ばかりであり、約九〇〇万円の税金が還付されることは聞いたものの、どういう方法で申告するのか、なぜ安くなるのかについては一切説明されていず、申告書の内容も見せてもらえなかったのである(被告人桝茂光の公判廷における供述)。
被告人桝茂光としては不安を覚えたものの、凄味を帯びた返答であったため、確認することもできなかったものであるが、同和会において申告すれば何かの恩典が受けられるものと考えていたものである(被告人桝茂光の公判廷における供述)。
(三) 被告人桝美智子の供述について、
1 原判決は昭和五九年三月八日岸和田方において被告人桝茂光、岸和田、笠原及び玉置との間で共謀が成立し、そのころ、被告人桝茂光を介して被告人桝美智子との間でも共謀が成立したと認定されている。
右認定の根拠とされているところは、被告人桝茂光から被告人桝美智子に対し三月八日の岸和田方におけることの次第が話されていること及びその後の同月一五日の直前ころ被告人桝美智子から広瀬事務所の者に対して申告手続きの依頼を取り消す旨伝えていること並びに被告人両名は起居を共にする夫婦の間柄であることの三点である。
2 右に関する被告人桝美智子の供述は次のとおりである。原判決にいう「ことの次第」の内容は
<1> 「今年の申告は岸和田先生にお願いする」
<2> 「同和会を通じて申告したら税金が安くなる」
である。
3 この点についての被告人桝茂光の供述は
「取りあえず、広瀬税理士さんの書類一切を、岸和田先生が自分に任せておけ、そのうち連絡するからと言ったので渡して来たと言いました」
という程度のものであって、何ら具体的なものではなく、内容自体も何ら犯罪に関することではない。
4 また、広瀬事務所の者に被告人桝美智子が申告手続きの依頼を取り消す電話をしたのは、被告人桝美智子が被告人桝茂光から「今年の申告は岸和田先生にお願いする」と聞かされていることから当然の成り行きである。
5 また夫婦であると言っても、被告人桝茂光が被告人桝美智子に対し何らの犯罪事実を告げていない以上共謀は成立しないのである。
なお、根本的には、被告人桝茂光自体に笠原らとの共謀の事実はなく、自らも犯罪意図を持っていなかった以上、被告人桝茂光を介して被告人桝美智子が共謀することはありえない。
6 「同和会を通じて申告したら税金が安くなる」という話について、被告人桝茂光は『何かおかしい』という認識はあったものの、深く聞くことについて『恐ろしいという雰囲気もあり聞けなかった』『寄付するということ、いくら寄付するのかということについては聞いていない』まま検討するという岸和田の言に従って申告書及び申告書の原案を岸和田に預けたものである。
また、被告人桝美智子は昭和五九年三月八日の夜被告人桝茂光から『岸和田さんとこで、同和会の笠原、某税理士と会った、とりあえず頼んできた』『寄付についてはほとんど聞いていない』といったものであり、被告人両名の認識は未だ犯罪における認識以前の問題であり、特に三月一四日になって、金三〇〇〇万円の寄付金が計上され領収書が添付されてきたことに驚き「そんな馬鹿なことはない」と憤慨して岸和田に電話をした事実から考えれば、寄付の話も、架空計上の話も知らなかったことが明らかであり、不正の認識があったとは到底考えられないものである。
五、検察官に対する被告人らの供述の信用性について、
(一) 原判決は判示第一の一における「自由診療収入のうち一四〇四万八七三〇円を除外した」行為及び判示第一の二における「自由診療収入のうち一二三九万二一三〇円を除外した」行為について、被告人桝茂光の共謀の事実を認定するに当たり、
<1> 被告人桝茂光の大蔵事務官に対する「自由診療収入の一部を除外するように被告人桝美智子に指示し、被告人桝美智子が自由診療収入の一部を除外した・・・」との供述
<2> 被告人桝美智子の大蔵事務官に対する「自由診療の一部除外を被告人桝茂光から指示されて・・・」との供述
<3> 被告人桝茂光の大蔵事務官に対する「専従者給与として申告してある長男夫婦の分は給料賃金として認めるよう」主張しているとの供述
から被告人両名の大蔵事務官に対する各質問てん末書は、いずれも具体的、詳細かつ自然であって、かつ在宅のまま大蔵事務官の質問を受けており、被告人両名は十分に余裕を持って質問に応じているので信用でき、検察官調書は信用できないとされている。
(二) しかしながら、原判決の右認定及び大蔵事務官に対する質問てん末書の供述についての評価並びに検察官調書を排斥したのは誤りである。
1 原判決は、被告人両名が十分余裕を持って質問に答えていると判断しているが、被告人両名は突然の大掛かりな家宅捜索を受けた後であり、かつ、犯罪の嫌疑を受けた初めての取り調べであり、しかも被告人桝茂光は多発性関節リューマチ、経椎(C-1)亜脱臼、変形、下肢知覚運動麻痺肝機能障害を併発しており、診療はもとより起居にも支障を来す状態であり病床にあったものである。
在宅による取調であったとはいえ、十分な余裕など持てるはずはなかったものである。
なお、被告人桝茂光は昭和六一年三月から同年一一月一〇日まで診療行為ができなかったものである。
また、被告人桝美智子は昭和六一年六月一八日右足を骨折し松葉杖による生活を余儀なくされていたものである。
2 本件を深く考察するに当たっては、いわば民事的側面と刑事的側面を考察されなければならない。
被告人桝茂光は納税義務者として自己が関与してようと関与していないにかかわらず、結果として納税の義務と責任を追わなくてはならない立場にあり、自己の補助者として妻美智子のなした不正行為の結果については納税義務者としての責任はとらなくてはならないのである。
3 「自由診療収入の一部を除外するように被告人美智子に指示し、被告人美智子が一部を除外した・・・」との被告人両名の供述は大蔵事務官から納税義務者としての立場を強調され、「指示したか否かにかかわらず責任がある」旨指導、誘導された結果、このような供述内容にさせられたものであり、納税者の義務と責任からそのように記載されることについて承諾したにすぎず、真実が記載されているものではない。
4 被告人桝茂光の「専従者給与として申告してある長男夫婦の分は給料賃金として認めるよう」主張しているとの供述についても、大蔵事務官から「専従者給与としては認められないが、真実働いていることに相違なく、給料賃金としては認められる」との説明があったため「そのようにお願いします」と答えた結果があたかも税金のことが分かっており、大蔵事務官に対抗して主張したかの如き記載となっているものであり、事実と著しく相違する供述内容となっているものである。
(三)、原判決は、被告人両名の検察官に対する各供述調書はいずれも被告人両名がそれぞれ自由診療の一部除外等について被告人桝茂光はこれに関与していない旨述べるのを、そのまま録取しているにとどまり、進んで、被告人両名の右各質問てん末書とのそご、他の証拠の検討結果との対比等、捜査官として真実を追及した形跡をうかがうことは出来ず、直ちに信用できないとされている。
しかしながら、真実を追及し、犯罪を明らかにする職務を負う検察官が、捜査官としての真実を追及していないというのは根本的に間違いであり、検察官に対する極めて失礼な認定である。
また、検察官に対する供述と同様の内容であった被告人らの公判廷の供述について、原判決は深く考察することなく単に「不自然」と判断され、具体的な根拠を示されることなく信用できないとされているだけである。
1 このような認定について、大蔵事務官の質問てん末書を同意した弁護人の責任を回避するものではないが、この質問てん末書を証拠として同意するに至った経緯は次のとおりである。
イ 当弁護人が被告人桝茂光から弁護人として選任され、弁護人選任届けを提出したのは既に大蔵事務官の取調が終了し、送致されてた後である昭和六一年一〇月一一日であり、被告人桝美智子については同人も被疑者であることが判明したのちの昭和六一年一一月一一日である。
ロ 弁護人選任届けは捜査を担当されていた平田建喜検察官に提出し、同検察官に対し、当初弁護人であった弁護士大宅美代子(後日辞任したのは事務所を独立したこと及び家族に不幸があったことから選任することが困難となったため)が平田検事と面談を重ね、被告人桝茂光は経理を一切担当していないこと、昭和五八年度の確定申告は申告手続きが終了してから金三〇〇〇万円の地域対策費の架空計上を知ったことを縷々説明し、被告人両名から真実を聞いてほしいことを主張したのである。
ハ 検察官の取調べは次のとおり行なわれている。
<1> 被告人桝茂光について
a 昭和六一年一〇月一一日
b 昭和六一年一〇月二四日
c 昭和六一年一一月一九日
d 昭和六一年一一月二一日
e 昭和六一年一一月二六日
<2> 被告人桝美智子について
a 昭和六一年一〇月一一日
b 昭和六一年一〇月二四日
c 昭和六一年一一月四日
d 昭和六一年一一月五日
e 昭和六一年一一月一二日
右のとおり被告人両名は五回にわたり検察官の取調を受けている。
その間前記事実関係の確認のため従業員原田知子は同年一〇月二八日に経理処理一般につき取調を受け、そのほか広瀬事務所の池上及び中田税理士も取調べられ、右参考人以外にも捜査されている筈である。
右に見たように検察官は十分捜査を尽くされた結果、被告人桝美智子については昭和六一年一一月一二日、被告人桝茂光については同年同月二六日検察官調書が作成されたものであって十分に信用できるものである。
この点につき検察官は京都地方検察庁における捜査状況を明らかにされたい。
ニ 従って、検察官調書は原判決が認定されているような杜撰なものではなく、大蔵事務官作成の質問てん末書の誤りを十分捜査のうえ真実のため正されたものであり信用に価するものである。
ホ 弁護人としては被告人桝茂光の基本的な主張が検察官において認められ、その調書も作成されたため、大蔵事務官作成の質問てん末書は検察官において修正変更されたと認識し、特に質問てん末書の大部分を占める税金に関する計算関係を不同意のうえ法廷で尋問するときは、いたずらに訴訟遅延を招来する危険があったため、検察官と事前に同意、不同意について協議のうえ同意したものである。
ヘ もっとも、質問てん末書は、いわば数字面において他の追随を許さないものがあるが、事実関係、特に共謀の事実等については被疑者、参考人の各質問てん末書の供述の内容は随所に矛盾があり、到底事実認定の資料と成しえないものであると判断したことも理由である。
2 以上のように検察官に対する被告人両名の供述は真実を語っており、もっとも一部検察官の意見とも思える供述部分はあるが、大蔵事務官作成の質問てん末書より、より信用度が高いものである。
その結果、被告人両名の公判廷における供述が真実を語っている以上検察官にたいするそれと一致しているのが当然であって、そこには何ら不自然さはないのである。
(四) 仮に被告人桝茂光が計画的に被告人桝美智子に指示して脱税を考えていたとすれば、カルテや日報の書き直しをも指示していたはずであるし、証人岸和田のように二重帳簿を作成させておくなど少なくとも何らかの証拠隠滅の手段が講じられていた筈である。
税務調査の際簡単に脱税が判明してしまったのは、被告人桝美智子が単独で経理処理をしていたからにほかならず、しかも被告人桝美智子も経理に疎くかつ杜撰な処理をしていたからである。
(五) 以上明らかなように自由診療費の除外等いわば一般経理処理に関する事実について被告人桝茂光に不正の認識はなかったものである。
(六) なお、一般経理処理の部分に関する笠原、岸和田、玉置との共謀の事実は全証拠を精査するもこれを立証するものはない。
六、結論
以上主張したとおり、被告人桝茂光については、原判決判示第一の二の事実中金二〇〇〇万円を架空経費として計上した行為については有罪であるが、その余の行為については無罪である。特に、昭和五八年度の確定申告について金三〇〇〇万円が架空経費として計上されている事実については確定申告の手続きが完了、従って実行行為が完了してから結果として承認したのは事実であるが、犯罪の共謀も実行行為もなかったものであり、また一般経理処理に関する行為については被告人桝美智子が行ったものであり、被告人桝茂光は一切関与していない行為である。
被告人桝美智子について、判示第一の1の事実中金三〇〇〇万円の架空経費の計上についてはその共謀はなく無罪である。
第二、「ほ脱」における不正の認識とほ脱の結果についての解釈の誤り、
一、原判決は、その補足説明において「給与の架空あるいは水増計上については、その申告時までに、被告人桝茂光が被告人桝美智子と共謀していたことを認めることのできる証拠は全くない」としながら、「所得税法二三八条一項のほ脱犯の犯意は真実の所得よりも過少申告する意図と共に、その手段方法が不正であることの認識が必要であると解されるところ、後者の認識については、不正申告の各項目に関して具体的に逐一これがなければならないとまでは必ずしも解されず」、被告人桝茂光において、犯意を欠くことにはならないとされている。
二、しかしながら右解釈は所得税ほ脱の故意についての解釈を誤ったものである。
(一)、第一に一般犯罪における故意犯において、その責任が問われるのは「違法な事実を認識した以上、反対動機を形成し、犯罪を踏み止まることができたのにしなかった」点に求められるのである。
従って、故意犯が成立するためには犯罪事実を認識していることが必要である。
原判決認定のとおり、被告人桝茂光は自由診療費の除外、給与の架空あるいは水増計上等の一般経理処理については妻である被告人桝美智子に任せており、何ら認識していなかったものである。
認識、認容のないところに故意犯の成立する余地はなく、所得税ほ脱犯についても同様でなければならない。
(二)、原判決は、所得税法二三八条一項のほ脱犯において、その手段方法が不正であることの認識は不正申告の各項目に関して具体的に逐一これがなくても犯意を欠かないとされる。
しかし、不正申告の各項目について逐一認識していなければ、少なくとも認識のない項目については反対動機を形成できないのであって、このような場合に故意犯の責任を問うのは責任主義に反するものである。
(三)、不正であることの認識に関し、「不正申告の各項目に関して具体的に認識していることが必要である」ことについては昭和五四年三月一九日の東京高等裁判所の判例(高刑三二・一・四四)、昭和五五年二月二九日の東京地方裁判所の判例(判タ四二六・二〇九)昭和五五年一一月一〇日東京地方裁判所の判例(判例時報九九一・一二二)の説示されるとおりである。
所得税ほ脱犯は『偽りその他不正の行為により・・・所得税を免れ、または・・・所得税の還付を受け』ることでありその構成要件的結果は『偽りその他不正行為に基づく実際額と申告額の不一致』であり、『実際と申告額の不一致のすべてがほ脱の結果ともなるものではない』のである。逆に云えば『そもそも偽り不正の認識のなかった部分についてはほ脱の結果は発生しない』のである。
後者において責めを受けるのは、正に民事的、行政上の納税義務に関する責任にすぎないのである。
原判決の解釈はこの点で重要な誤りを犯していると云わざるをえないのである。
三、以上のとおり原判決は、所得税ほ脱犯における不正の認識とほ脱の成立についての解釈を誤られたものである。
従って、被告人桝茂光に対する自由診療費の除外、給与の架空あるいは水増計上等の行為について有罪の認定をされた原判決判示第一の一及び二の認定は被告人桝茂光にその事実について認識がない以上不正の認識はなく無罪であり、この点で原判決は破棄されるべきである。